今回は最近、読んで感銘を受けた小説を紹介します。
堀江敏幸さんが書かれた『なずな』という小説です。帯に「イクメン小説」と書かれていたのにひかれ、手に取りました。
主人公は40代の独身男性。弟夫婦の2ヶ月の娘をひょんなことから預かることになりました。男性と赤ちゃんが過ごす、大きな事件が起こるわけではない日常を淡々と描いています。
主人公は子どもを育てたことがありません。ですので、ミルクをあたためる鍋を焦がしたり、おむつを替えるときにおしっこをかけられたり、また、夜泣きにも悩まされます。そして、ローカル新聞の記者という仕事もままなりません。しかし、次第に赤ちゃんとの時間に充実感を感じていきます。
この男性は突然、父親役を担うことになったのですが、世の中の多くの父親も感覚的には似たようなものではないかと思います。僕もそうでした。そして、母親もそうかもしれません。母親だからといっても、それまでに赤ちゃんを育てる経験をしている人はごく少数なのですから。
親として子どもを育てることでこの世界は変わっていきます。主人公はその変化をとまどいつつも楽しんでいます。少し引用します。
子どものをひとり連れて歩くだけで、慣れ親しんだ空間把握の基準点がずれてくる。なずなが来てから、それを何度確認したことだろう。目線が下がり、五分の距離が三十分になり、一メートルの高さが五メートルにも感じられる。子供の感覚をつねに想像し、それにシンクロしていくことで、人生をもう一度生き直している気さえしてくるのだ。
変化を楽しめるかどうか。個々人の感じ方もありますが、やはり、楽しめるだけの環境を地域や社会が親に用意できているのかどうかが大きいように思います。主人公の周りの人々はあたたかく見守り、手助けしてくれます。
ついつい忘れがちな、子どもを育てることの喜びを思い起こさせてくれると同時に、子育て支援への大切なヒントをもらった一冊です。
近棟 健二
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