関心を呼び理解されるポスター作り

  8月に福山大学で開催される発達障害学会での発表のために、展示用のポスターを作っています。
 発表会場には横90cm×縦180cmのボードが用意されており、そこにポスターを貼り出して説明します。パソコンで伝わるデザイン作成できるサイズ、町の印刷屋さんで印刷可能なサイズ、それに見やすいサイズを考えると、もともとA4で下書きしていますのでA0版の84.1cm×118.9cmになりそうです。縦180cmとありますが、床からの高さなので少し下を空けないと読めません。
 これまでも何度か発表用のポスターを作りましたが、何をどのように訴えるかばかりを考えました。ところが、この本を読んでそれがいかに間違っていたかを思い知らされました。大切なのは書き手の視点ではなく、関心を持ってもらい、理解してもらうために読み手の視点を持つことです。実に当たり前のところが間違っていました。

高橋佑磨・片山なつ (著)「伝わるデザインの基本 ーよい資料を作るためのレイアウトのルールー増補改訂版」技術評論社

 二人の理系研究者の著作で、デザイナーによるものではないところが強みです。発表のポスターや講演や授業のためのプレゼンテーション作成について、豊富な用例とともに具体的で有益な指針が示されます。
 とく重要なのがフオントの選択です。WordやPowerPointを使うとMS系になりがちですが、視認性や美しさから見ると考えものです。和文には游、ヒラギノ、メイリオを、欧文にはHelvetica Neue やTimes New Romanなどが推奨されます。この本に指摘はありませんが、明朝体が読みづらい人がおられるので、各種のプレゼンテーションには必ずゴチックを使います。
 もう一つ重要なのは余白です。とかく、あれも言いたいこれも言いたいと情報をぎゅうぎゅう詰めにしがちです。読み手にとっては逆に読みづらく、そのうえメリハリがないので重要な点が分からなくなる恐れがあります。
 
阿尾港  情報量を維持して内容を高く保ったまま、余白を生かして美しく見やすくするためには一つ一つの文章のブラッシュアップが不可欠です。毎日パソコンに向かう盛夏です。
 
 あお日記。
 漁村の朝は早いというけれど、ここは静かで穏やかです。広い港の端っこに知り合いのおじいさんらが世間話をしながら鯵釣りをしています。南蛮漬けにするんだそうで、食べる分が釣れたら納竿されます。
 大きな鱧を水揚げしている漁船のそばに千葉ナンバー?のヨット、別のところに静岡ナンバー?のヨットが停泊しています。どちらも小柄のヘミングウエイのような単独行のヨットマンで、氷を求めての停泊のようでした。漁港に氷の自販機があるなんて知らなかった。100円玉を入れるとクーラーボックスいっぱいの氷が手に入ります。
     (ホンダタカシ)

2018/07/17 09:19 | 未分類trackback(0)  | top

この前の地震/あお日記

 少し前に地震がありました。被害にあわれた方々へお見舞い申し上げます。
 私は1時間目の授業の準備のためにエレベーターに乗っていた時に、突然エレベーターが阿尾2激しく揺さぶられました。はじめは何が起こったかわかりませんでしたが、運よく1階で扉が開いて地震だとわかりました。
 強い恐怖感に襲われ、極端に注意深くなりました(過覚醒)。しかし、短時間で小さくなり、消えました。解離とは言えないまでも、ふだんとは違うちょっと違和感のあるふわっとした感覚で、現実感が少し薄くなった感覚が起こります。これはもう少し続きました。エレベーターにもしばらくは乗りません(回避)。 
 強いストレスを体験すると、本に書かれてあるような影響を受けます。しかし、これらは予期しないストレスの多い出来事に遭遇すれば当然起こる状態です。ですから、「恐かった」、「立ってられないほど揺れたね」などと近くにいた人たちと地震のことを話したり、家族や知り合いの安否の確認するうちに消えて行きます。平成阿尾1の終わり近くに出会った体験として記憶に残りますが、それ以上の影響はもたらしませんでした。多くの人はこういう経過をたどったかもしれません。 

 さて。
 トトロが出てきそうな築100年余りの民家を借りました。家と家の間を人が一人通れるほどの小道が右に左に上に下に刻まれている漁村の一軒です。数年住む人がなかったので、改修と掃除から始まる借家の漁村ライフです。大家さんのDIYも圧倒的です。不思議なことに魚を失敬していく猫を姿を見ません。鶏の声がときおり聞こえるくらいです。そのかわりに道や水路ですぐに岩かげに隠れてしまう蟹をよく見かけます。
 家を借りるというのは、その家でこれまで生活してきた人たちと同じように呼吸することでもあります。
          (ホンダタカシ)

2018/07/04 16:54 | 未分類trackback(0)  | top

自暴自棄

 トラウマの影響に樹は、自傷行為や自己破壊的な行動があります。  

  自傷とは文字通り自己を傷つけ、痛めつける行為です。手や道具などを使用する、かきむしる、抜くということもあります。SAMHSA(2014)によれば、大人になってからの自然災害や事故などの単発の出来事よりは、子ども時代に繰り返され慢性的なトラウマ(例えば、児童期性虐待)を経験した人に起こりやすいとされてます。

 自己破壊的な行動は、例えば、違法薬物の利用、拒食または過食、無謀な運転、衝動的で高いリスクのある行動などです。自傷行動と比べて、自分に対して、直接的ですぐのネガテイブな影響はないものです。とは言っても、周りの人にも影響や損害を与えることも桜あります。長い目で見ればその影響は計り知れません。
 加害行為や問題行動をしたときに、「自分なんてもうどうなってもいいんだ」と考えて行動化したとすると、そこに自己破壊的な行動を読み取ることができます。トラウマが加害行動と結びつく瞬間です。自暴自棄な行動で、加害行動の直接の原因や動機にはなり得ませんが、加害行動を強力に推し進めている可能性があります。
 自暴自棄な考え方を短絡的で衝動的な行動化ととらえて、反省だけを求め非難や行動制限だけを加える介入は、トラウマの影響を見落とし介入や対処の方向性や内容を誤るかもしれません。
 トラウマのレンズを通して(問題)行動を見るというのはこうしたことから始まります。

POPEYE.jpg

閑話休題。
City Boyじゃありませんが、最近POPEYEを買いだしました。目くばりの広さとこだわりを突き抜けたの脱力感が心地よい。バックナンバーの2017年9月号「君の街から、本屋が消えたら大変だ!」では、中条あやみさんの記事もいいのですが、週末に信州の山頂で開店する「杣ブックス」という本屋さんにびっくりしました。詳細はホームページhttp://soma-books.com/をご覧ください。本店は長野県の太郎山山頂!だそうです。
 野山といえば、山頭火。(「山頭火 名句鑑賞」村上護 春陽堂文庫)
      分け入っても分け入っても青い山
 句の前書きには、「解くすべもない惑ひを背負うて、行乞流転の旅に出た。」とあり、解説にあるように悩みは深く幾重にも重なるさまですが、どこかしら高ぶりも感じます。五七五にとらわれない自由律と呼ぶそうですが、口に出すとそれほどの違和感がありません。6音+6音ですが、それぞれの最初か最後に1拍の休符を入れて読むと七七五になり、なれ親しんだ七五調に近づきます。平易でいて深く、巧みです。
      まっすぐな道でさみしい
こうなると・・・・・。           (ホンダタカシ)


2018/06/01 20:21 | 未分類trackback(0)  | top

フラッシュバックに対処する

 トラウマの影響は随所にあります、なかでも感情と認知には大きく作用します。フラッシュバックは記憶の問題ですが、広く認知上の問題とされています。

   フラッシュバックは、ある瞬間に現実に起こったかのように以前のトラ穴ウマ経験を再体験することで、映画のシーンのように視覚化されることがあるようです。フラッシュバックの経験している時間はほんの数秒らしいのですが、その影響は思いのほか長くきます。何かのきっかけで起こるのですが、必ずしもきっかけは必要ではなく、思いがけない時に突然起こることがあります。

 フラッシュバックを経験した人は大変驚きます。過去のトラウマの出来事だということには気づきますが、どうして。と困惑し不安になります。無理もないことです。

  こんなことは誰にも起こることじゃない、自分の歯車のどこかがおかしくなったからだと自分を疑います。普通じゃないと思うので誰かに言ったところで信じてもらえない。現在にいるのに突然過去に滑り落ちたみたい。自分はどこかおかしい・・・。

  フラッシュバックに限らず、自分が経験したことに違和感があり、さらに自分は人とちょっと違うんじゃないかと思う人は多いようです。

 こうした場合、まず本人にフラッシュバックという状態、トラウマとの関連、きっかけ(トリガー)が存在する可能性があることなどをていねいに説明するところから始めます。これを心理教育と呼びます。何も知らない状態で、そのままにしておくのは最も悪く、放置していても消えるものではありません。
草
 フラッシュバックなどが起こったら、現実感があやふやになるので、安全であること、今ここにいるということを強く意識するよう言います。以前ここでお伝えしたグランデイング・テクニックを使います。心の映画を見ているようなものだがら、その映画館から出るように言います。現実を意識するためには、例えば近くの壁にあるものの名前をいう、今日すべきことを言う、など。リラクゼーションや、小刻みに体を動かすなども効果があるそうです。文字通り、地に足をつけるです。
 この項も、SAMHSA'TIC Tip57(2014)を参考にしました。           (ホンダタカシ)


2018/05/17 20:28 | 未分類trackback(0)  | top

質問することを考える

 自分の面接(せラピー)の逐語記録を見ると気がつきました。なんと質問の多いことか。聞くことを基本とすべきという面接とは逆です。一方、面接の相手からは話しているといろいろなことに気がついたとかわかったという感 想があります。

  相手に質問するのは、よくわからないので知りたい時やぼんやりとしていてはっきりさせたい時です。例の5W1Hと言われるように情報を集める時です。

  疑問文にはもう一つの作用があります。お母さんが「どうしてこんなスパナップ1ことをしたの」とつまみ食いをした子どもに言うとき、子どもに原因や理由を尋ねているだけではありません。「お腹が減っていたから」と子どもが答えても、逆に黙っていてもお母さんに叱られます(これがベイトソンのダブルバインドですが)。 ある文脈や状況で発せられた疑問文には間接的で遠回しの非難や叱責が含まれます。質問される側に立つとすぐに気がつきます。

この危険性は常に意識しておくべきことです。
 疑問文はさらにもう一つ、相手にもう一度点検を促す作用があります。質問された側がその答えを探している過程で、時に”そうだったんだ”という気づきが促されることがあります。
  疑問文は単に問うているだけではありません。疑問文には質問する側が、あなたの話をこのように理解したんだけれど、というように相手の話した内容の理解の正確さと深さが示されます。あなたについて、ここをピックアップしました、と言ってもいいかもしれません。
 スナップ2
質問された側は、質問者の理解内容を起点において答えを探します。ここから気づきが始まります。質問者の理解の内容は、質問される側の気持ちや考えの整理でもあって、質問者の共感がそれを支えます。理解の内容がズレていたり、深さが不十分だとそこには至りません。

  実はここが、面接が「あなた」と「私」という二者の関係から、「あなた」と「私」が「あのこと」について話し合う という三者の関係への脱皮する瞬間じゃないかと思います。
 

 ブタペスト西駅附近のショッピンモールのカフエとマクドナルドのゴミ箱(のイラスト)。どちらもカラフル。          (ホンダタカシ)

2018/04/27 10:50 | 未分類trackback(0)  | top

文化とトラウマ

 トラウマの大きな影響を受ける人がいる一方で、大変だったかもしれませんが早くに立ちなおる人がいます。とんでもないことが起きたと思う人もあれば、そう思ったけれど長引かない人がいます。その違いはどこにあるのでしょうか。トロリーバスパーソナリティであったり、人間関係の幅であったり、いろいろな要因が考えられます。レジリエンスもそうです。

  こうした個人の内側にある特徴、特性が大きく作用したことは容易に想像できますが、個人の外側、社会にはないのでしょうか。個人に影響し、規定する「文化」はまた、トラウマに深く関わっているとSAMHSA(2014)は主張します。この指摘に驚きました。

  「文化は、ある出来事がトラウマかどうかではなく、個人がどう解釈したか、どう意味付けしたかに影響する。」(SAMHSA, 2014, p. 27) 


  トラウマ体験の受け止め方、その表現の仕方、援助に関してなども文化の影響があリます。もちろん、トラウマが人的なものかそうではないか、1回だけのことか慢性的なものかな どによっても地下鉄異なります。しかし、例えば自然災害の多い地域とそうでない地域では、受けとめ方は異なるように思われます。

  ここでいう文化とは、言語やコミュニケーション、社会経済的状態、宗教なども含まれる、広範囲なものです。


 SAMHSA(2014)には、文化に固有のストレス反応の例として「Taijin kyofusho」(対人恐怖症)があげられています。対人関係での不安や回避です。他の文化にも同様のものがあるらしいのですが、社会的不安に関連したものもあり、日本のとは少し異なるようです。(p. 103)
トラム


 ここには、SAMHSA(2014)を断片的ですがご紹介することが増えました。読み進むうちにあれこれ刺激されることが多いからです。もうしばらくお付き合いください。今夏の発達障害学会の論文も完成まじかです。

  さて。
 本文とは無関係な写真は、ブタペストの公共交通機関です。日本ではほとんど見かけないトロリーバス、世界で2番目あるいは3番目に開通した地下鉄、ドナウ川沿いを走るトラムです。黄色の地下鉄は、乗客の大きさと比較していただくとわかりますが、大変小さな可愛い電車です。この地下鉄もそうですが、改札口というものはありませんし、現在と比べるとそれほど深い地下ではありません。なにしろ19世紀に開業した地下鉄です。
        (ホンダタカシ)

2018/04/13 08:30 | 未分類trackback(0)  | top

トラウマ・インフオームド・ケアTICはパラダイムシフトをもたらす

 今夏の発達障害学会でも発表する予定で、発表論文を書きながら文献を読み、読みながら考えるという作業を繰り返しています。とはいっても締め切りは4月末です。
 
 前回、トラウマ・インフオームド・ケアTICにおいては、クライエントと呼ばれる人は、トラウマ・ストレスの事態に対してなんとか適応的に対処しようと努力した人とみ街角2なすとお伝えしました。脅威となるような場面でなんとかしようと試みました。ですから、クライエントがみせる問題や症状はその結果であり、トラウマの出来事に対して起こりがちな反応であるとみなすことできます。
 例えば、他者と親密な関係を築くことを避けようとする人は、親密さの持てない問題のある人、対人関係に問題のある人と理解するのではありません。トラウマをもたらした状況では、親密な関係になることが危機をもたらす、例えば裏切られる(虐待される)ので、生き残るために親密さを回避し、サラッとしてよそよそしい人間関係を選択したかもしれません。クライエントの行動は、トラウマをもたらす環境では適応的なスキルであったと捉えなおすことができます。

 Levenson & Willis (2014)はそれを 「これまでのパラダイム」から「トラウマ・インフォームドのパラダイム」への「パラダイム・シフト」と呼んでいます(p.18,  T able1.2)。そのなかで、例えばこれまでのパラダイム」では「よくない行動は、不道徳さ、いびつな性格、動機の欠如によるものだ」としましたが、パラダイムを変えて「よくない行動は早期の体験というレンズを通じて検討する」街かど1と変更されます。先の例でいえば、親密さを欠く人間関係は現在では実りある適応的なものとはいえませんが、トラウマ出来事のもとでは、なんとかしようと苦しんだ結果で適応的なものでした。不適応な健康さを欠くものとみなす必要はありません。
 したがって、これから豊かなゴールに至るためには、本人と協働して対人関係の行動を点検し再構築に向かいます。治すのではなく、身につける、です。こうした観点からも、トラウマ・インフオームド・ケアでは、クライエントと協働する態度やストレングスに着目する視点が見てとれます。  

 前回、文中で「トラウマ出来事」とすべきところを「トラウマ・インフオームド・ケア出来事」と書いてしましました。訂正します。
 写真はいずれもブタペスト市内のスナップです。もう少しくすんでいる印象です。               (ホンダタカシ)

2018/03/30 10:37 | 未分類trackback(0)  | top

クライエントと呼ぶのか

  よく取り上げているSAMHSA(Substance Abuse and Mental Health Services Administration;物質乱用・メンタルヘルスサービス局?)の資料では、サービスを受ける人や対象者をクラ

駅構内イエントと呼んでいます。クライエントは支援者やセラピスト(SAMHSAでは提供者providerとされること多い)からサービスを受ける対象であって、少し受け身の存在という印象がつきまといます。

 トラウマ・インフオームド・ケアTICでは、トラウマに関連した症状や障害は、その人がトラウマ出来事をなんとか切り抜け、突破しようとした「最良最大のレジリエンス」とみなします。
銅像1 「ノーマルとは言えない状況でのノーマルな反応」であって、今の行動や感情、障害はトラウマを生き延びた/サーバイバルな、「適応的」な反応と言えるものです。トラウマ・インフオームド・ケアでは、クライエントの行動をこのように位置付けして、支援の関係を作っていきます。

 この視点からさらに次のように指摘されます。トラウマ経験について一番よくわかっているのは、セラピストやサービス提供者ではなくクライエント自身です。だからその当事者性に着目してクライエントと協働して解決を見出すべきだとされ、クライエントとの「協働する姿勢へのシフト」がセラピストやサービス提供者にとって必要になります。
 物質使用やアルコール問題など行動上の健康問題Behavior Healthに焦点をあてたSAMHSAの資料にある支援の対象者のなかには、自ら進んで解決を求める人ばかりではありません。だからこそクライエントは単なる対象者ではなく、支援者/サービス提供者と協働する者だと見方をシフトすることがクライエントのストレングスの促進につながります。
 
 さらに、SAMHSA資料では、クライエントではなく消費者と呼ぶ箇所がいくつかあります。消費者参加や消費者の意思決定に関連した文脈です。それについてはもう少し勉強してから。

 「・・・」は全て、SAMHSA (2014). TIP 57: Trauma-Informed Care in Behavioral Health Services. A Treatment Improvement Protocol. の「第1章トラウマ・インフォームド・ケア:社会文化的視点」からの引用です。
  写真はブタペスト西駅と市内にある像です。     (ホンダタカシ)
銅像2  


2018/03/16 07:09 | 未分類trackback(0)  | top

加害者家族支援

  阿部恭子(編著)「性犯罪加害者家族のケアと人権ー尊厳の回復と個人の幸福を目指してー」(現代人文社)です。家族の誰かが性犯罪を起こした時、その家族に対してどのような支援が必要かを論じたおそらく国内初の本です。
 本書にその現状が示されています。例えば、2009年から2016年での間に性犯罪加害者家族からNPO法人World Open Heartに寄せられた全相談352件うち、最も多いのは「被害者対応について」300件でした。加害者家族は転居を求められ、その相談が多いとしています。被害者の心理的、社会的、身体的な苦しみなど強いネガティブな結果や影響を考えれば理解できることですが、同じ地域で生活していて欲しくないとの気持ちかもしれません。
 家族が性加害を起こしたという事実に、驚き当惑し羞恥を感じ打ちのめされて加害者家族は心理的な負担を持ったまま転居を考えます。それまでの家族のあり方が加害を後押ししたと非難されたり、事件後の更生に力をかすべきだと迫られることがあるかもしれません。そのうえ、転居は経済的負担だけでなく、家族の誰かの転職や転校を伴うことがあります。
 被害者支援が仕組みを整えながら少しずつ進んでいます。加害者に対しても罰を与えるだけでなく、心理的な支援が行なわれるようになりました。被害者家族への支援が欠かせないように、加害者家族にもなんらかの支援が必要なのかもしれません。もうすこし考えます。     (ホンダタカシ)
阿部本

2018/03/02 17:54 | 未分類trackback(0)  | top

心理臨床学会発表の準備

 今年8月、神戸市で開催される日本心理臨床学会発表の準備をしています。この学会は会モトコー8員数28,000人余の大規模な学会です。学会会場にもかなりの広さが必要とみえ、他の学会のように日本各地で開かれず、最近は横浜と神戸だけの交互開催となっているようです。
 ポスター発表の予定ですが、そのためにはまず論文を用意しなくてはなりません。論文には、新たな主張や知見を発表するために、おおむね目的・方法・結果・考察という構成を持っていなくてはなりません。

  論文の目的、問題意識を述べます。当論文で主張する命題や主張にそって、これまでの研究成果をまとめたうえで、現状の分析や課題が指摘され仮説として示されます。論文の目的や主張のための仮説を立証するために、心理学では実験や調査が行われます。数量化されたデータが扱い、多くの場合立証のためにデータを統計処理します。実験や調査で得られた結果を詳細に述べ、仮説をさらに肉付けします。課題や問題となる点はなかったかを考察し、今後の方向性を探ります。データを提供する被験者には説明による同意や守秘義務の厳守は必須です。論文構成に従ったデータや内容を明示することによって、仮設の再確認や再検討、仮設の進展が可能になります。議論が積み上げられるプロセスです。

 こうした論文を2段組でA4版1枚に納めなくてはなりません。これが実に大変で、一字一句を削ったり加えたりを繰り返しています。句読点も削る対象です。
 児童逆境体験ACEsやトラウマ・インフォームド・ケアTICなどがテーマです。ここで取り上げたことが元になっていますが、データ化以前の段階を対象としているので、主張や立証には苦慮するところです。
 このブログの編集用のエディター?の仕様が変わったらしく、かなりもたつきました。      (ホンダタカシ)

2018/02/17 05:54 | 未分類trackback(0)  | top

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