「人はなぜ暴力を振るうのか、その対策とは」

  過日、犯罪社会学会の公開シンポジウムが「人はなぜ暴力を振るうのか、その対策とは」をテーマに龍谷大学で開かれました。暴力の解剖学
 「暴力の解剖学」というタイトルでペンシルベニア大学教授エイドリアン・レイン氏が基調講演をされました。同名の本が出版されています。

  エイドリアン・レイン 高橋洋(訳)(2015) 「暴力の解剖学:神経犯罪学への招待」 紀伊国屋書店

 本のサブタイトルに神経犯罪学という耳慣れない学問領域が提案されていますが、基調講演の副題にあるように「犯罪の生物学的起源を分析する」ものです。。犯罪、とりわけ暴力について、胎児に対する喫煙、薬物使用、アルコール摂取の影響、さらに多数の脳の画像などによって大脳の構造や脳機能の不全と暴力犯罪の強い関連、最後に栄養状態の影響が解説されました。
 こうした生物学的側面ばかりがを目立ちますが、著書ではさらに生物学要因と社会的要因の相互作用をバイオソーシアルなものとしてとらえ、反社会性や暴力の生成が検討されています(本書 第8章)。

 マイケル氏(仮名。著作ではオフト氏)の事例は衝撃的です(本書 pp. 452-455)。学校教師であって、再婚して子供と奥さんがいるマイケル氏は、40歳頃から徐々に変化し、小児などを対象にした性暴力犯罪を実行しました。介入プログラムを受けましたが、性暴力は改善しません。ところがマイケル氏の脳に腫瘍が見つかり、それを切除したところ行動が激変し、情動、認知や行動も改善し、プログラムも終えることができました。
 ところが、数ヶ月後再び行動は悪化したので検査したところ、腫瘍が再び見つかったので切除したところ、以前のように戻ったとのことです。ハンドアウト

 著者エイドリアン・レイン氏は、この事例について次のような問いを発します。個人の力では対処できない脳腫瘍のために反社会的行動が引き起こされたのなら、「(その)逸脱行動には法的責任があるのか?」(p.455)。本人の意思は腫瘍に左右されるのか、それとも腫瘍のあるなしに関係なく意思は存在するといっていいのか。
 講演会場では問えるー問えないのどちらの意見もあったように思います。私はといえば、腕組みしたままで答えることができませんでした。

 このシンポジウムの中の「日欧比較ー女性を対象とした暴力被害調査」では初めて目にしたデータもあり、大変興味深いものでした。次回にでもご紹介します。       (ホンダタカシ)

2017/11/10 20:56 | 未分類trackback(0)  | top

すべての子どもに遊び場を/公園のユニバーサルデザイン

 つい最近出版された本です。子どもの遊び場
 みーんなの公園プロジェクト 柳田宏治・林卓志・矢藤洋子(編著)(2017)「すべての子どもに遊び場をーユニバサルデザインによる公園の遊び場づくりガイド」萌文社

 この本は、視覚や聴覚に障害のある子ども、クラッチなど福祉用具を利用する子ども、発達障害などさまざまな特性のある子どもが対象です。ユニバーサルデザインの原則を取り入れた子どもの公園の考え方、地域の人たちガイドなどからのさまざまな意見、もちろん子どもたちの意見をもスパイラルアップしていくデザイン、 そして最後に、誰もが楽しめる遊び、遊具、場所が、写真を多用して紹介されています。

 文字にするとこの楽しさは伝わりにくいのですが、この本を作った「みーんなの公園プロジェクト」のホームページをご覧いただく方がいいかもしれません。http://www.minnanokoen.net/index.html

 公園というのは、誰もが利用できる、楽しめる、喜んで迎えられるコミュニティにある場です。
授業では、公園のユニバーサルデザインというタイトルで、視覚障害のあるお父さん、ガイド2お母さん、子どもの3人家族が休日に楽しめる公園をテーマに行いました。事前に手引きとアイマスクによる歩行を何度か練習したうえで、中書島にある府立伏見港公園http://www.kyoto-park.or.jp/fushimi/のフイールドワークに出かけました。この授業については、以前にも取り上げています。
すべり台  当日は雨天で、先の台風で飛ばされた草木や残された泥などがあり、コンディションはよくありませんでした。移動する、触れる、聞く、嗅ぐなどからだを総動員してフイールドワークしました。
ブランコ
 どこの公園でも見かけるすべり台やブランコですが、子どもなら誰でも安全に楽しめるものにするには、どうすればいいか。
コストを度外視してというわけにはいきません。すべての子どもや大人が楽しんでいるシーンをいかに想像できるかが試されます。        (ホンダタカシ)

2017/10/29 10:56 | 未分類trackback(0)  | top

「十代の脳の謎」

IMG_1735.jpg  前回のテーマとした法務省の勉強会資料のひとつ、八木先生の「青年期の発達と若年受刑者の実態:精神医学的観点から」に引用されていた論文を入手したので簡単にご紹介します。
   J. N. ギード「10代の脳の謎 The Amazing Teen Brain」日経サイエンス2016年3月号 pp.37-42。この雑誌は必要な論文記事だけをPDFとして購入できるので便利です。

 10代の脳は、それまでの子どもの脳が老いたものでもなく、かといって大人の脳の未完成品(生煮え版!とのたとえ)でもない。10代の脳はサイズが大きくなることで成熟するのではない。脳には言語、視知覚、感情、実行機能などさまざま機能をもつ領域がありますが、異なる領域どうしがより多く接続され、各領域がより専門化することによって成熟します。脳内のネットワークのつながりが変化し、脳領域間の接続が増加し強化されるというのです。10歳過ぎから30歳頃にかけて成熟します。

 脳の各領域は足なみをそろえて成熟するのではないようです。感情や動機づけに強い関連を大脳辺縁系は10代前半の思春期に急激に発達します。大脳辺縁系は海馬、扁桃体などのいくつかの領域からなり、脳の内部にあります。
 一方、組織化や意思決定、計画、感情の制御能勢2など実行機能と言われる機能に関連している前頭前皮質は、大脳辺縁系より10年ほど遅れて成熟します。感情をつかさどる大脳辺縁系と衝動的行動を制御する前頭前皮質の成熟に時間的なズレがあることです。感情や衝動のアクセル役とブレーキ役の領域の成熟にミスマッチがあるので、10代の若者は子どもや大人に比べて危険な(感情的な)行動を取りやすいと言えるそうです。

 環境に合わせて脳の領域間のネットワークを変更してさまざまな行動がとれるという柔軟性、可塑性は10代の特権ですが、一方でそれがあだとなる脆弱性も潜んでいます。振れ幅の大きさこそが10代なのかもしれません。「10代の若者は自身のアイデンティティーを作り上げるすばらしいチャンスを手にしている。自らの選択に従って自らの脳を最適化しているのだ」と論文は結んでいます。   (ホンダタカシ)

2017/10/13 11:24 | 未分類trackback(0)  | top

トラウマ理解は対象者の支援に欠かせない

  「週間福祉新聞」(9月25日)に、日本精神保健福祉士協会の全国大会が大阪市内で開催された昼下がり記事が載りました。そのシンポジウムで篭本先生からご自身の治療経験をもとに、「子ども時代の虐待体験が成人後の精神疾患の原因となっている人が多い。・・」との指摘があったと記事は伝えています。 児童期逆境体験ACEは成人期の心身の状態に大きな影響をもたらすという指摘です。

 インターネットをたぐっていると、法務省の「若年者に対する刑事法制の在り方に関する勉強会」に行きあたりました。民法では成年を20歳としていますが、選挙出来る年齢が18歳とされた結果、刑事司法の立場から成年を何歳とすべきかを検討されているようです。
影
  この勉強会では、犯罪、あるいは非行をした未成年者から成人にいたる青少年について議論されています。この勉強会は平成27年11月にスタートし10回開催されていますが、その平成28年3月の7回目は実践的に活動されている精神科、小児科の先生が意見を述べられ、その議論や資料が大変面白く有益です。http://www.moj.go.jp/keiji1/keiji12_00131.html
 昼下がり2
 とりわけ、八木先生の資料は有益で刺激的です。脳の発達と成熟、善悪などの判断能力や自己制御能力の発達やそれらに影響するトラウマ要因、さらに可塑性や教育の可能性について幅広く検討されています。この資料においても児童期逆境体験ACEがあげられています。「ヒトの発達」をテーマにしたスライド資料では、遺伝的要因と後天的な学習要因を前提にした、発達特性ーアタッチメント(愛着)ートラウマ(ーレジリエンス)の相互作用の図式が示されています。興味深いもので、見方を変えれば子どもから成人になるプロセスを発達特性、アタッチメント、トラウマ(とレジリエンス)でとらえることが有効だとの指摘だと思えます。相互作用を繰り返す3要因+1要因の拡大、縮減、偏りなどが問題行動や脆弱性をもたらしていると見ることができます。        (ホンダタカシ)

2017/09/30 15:59 | 未分類trackback(0)  | top

トラウマというレンズを通して問題行動を見直す

    8月に買った新刊、「トラウマ・インフオームド・ケアー性加害者に対する治療を変化させる(仮訳)」はなか店舗1なかエキサイティングで示唆に富んだ本です。

  トラウマ・インフオームド・ケアという考え方は、少しとらえ難いところがあります。インフオームドinformedトは、「情報に基づく」とか「 よく理解した上での」という意味で、トラウマ知識に基づいた支援、とかトラウマをよく理解した上でのケア、となります。
  ですから、トラウマ・インフオームド・ケアは冒頭にあるように(p.9)、

トラウマを解消しようとするセラピーと同じではない。

では何かと言えば、
トラウマのレンズを通して問題行動を理解し応答するやり方である。

  問題行動の原因や動機をトラウマに求めるのではありませんし、ましてや言い訳にするのでもありません。性加害だけでなく、さまざまな問題行動をトラウマという観点=レンズから見直し、支援する考え方です。「レンズを通して」という表現はたびたび登場します。

  例えば、怒りをとりだしてみます。トラウマというレンズを通して怒りを見ると、「怒りは認識した脅威に対する反応」(p.19)と理解できることがあります。虐待やいじめを実行したした人や状況を思い起こさせる人や場面が脅威となるかもしれません。

    脅威に対する反応としての怒りは、単なる反撃ではなく、自分の安全がそこなわれそうだという悲鳴に近いもです。「怒りに隠されているのは脆弱性である」店舗2(p.19)。ですから支援者/セラピストとしては、  安全がおびかされていると感じたことと、怒りという反応とのつながりを対象者/クライエントに理解してもらうことが必要になります。

   対象者/クライエントが、自分の安全をおびやかす脅威をすばやくみつけ反応することは重要です。しかし、そのことばかりに注意がむくと自分のまわりで起こっていること、例えば友だちのA君の優しい気持ちやB さんのとげとげしい態度などに気づかず、誤解することだってあるとすれば、対象者/クライエントにとっても周囲にとってもうまくありません。

  安全がおびかされていると感じれば、だれかに援助を求める、その場から立ち去る、理解されるよう主張するなどの選択肢があるにも関わらず、よりによって怒りが選択されました。
  単に、怒りを抑制したり、管理/マネジメントするだけではトラウマ・インフオームド・ケアとは言えません。対象者/クライエントの安全感には全く対処されないからです。  

  トラウマというレンズを通して見ると言うことは、問題行動として指摘し対処するのではなく、トラウマの影響や症状として概念化/見立てたうえで支援すべきだ、との指摘です。
         
Levenson, J. S., Willis. G. M., & Prescott, D. S. (2017). Trauma-Informed Care : Transfoming Treatment for People Who Have Sexually Abused. Safer Society Press.       


さて。岐阜県美術館2
  岐阜県美術館で、ナンヤローネ企画のひとつ「BY 80s FOR 20s」を見ました、または体験しました。1980年代が未来2020年に語りかけるもの、がテーマです。http://www.kenbi.pref.gifu.lg.jp/index.php展示されている作品はポップで、イラストレーションやグラフィックスなどさまざまな表現があります。特別支援学校などとの共同制作も展示されています。
  美術館でもらったこの企画を対象の岐阜新聞の号外?のインタビューで、横尾忠則がグラフィックスから画家になろうと衝動的に思った時のたとえに静かに爆笑しました。
「ブタが美術館に入ったら、ハムの缶詰になって出てきた」
ニューヨーク近代美術館MoMAでピカソ展を鑑賞中のことだったそうです。                          (ホンダタカシ)

2017/09/16 16:31 | 未分類trackback(0)  | top

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