フラッシュバックに対処する

 トラウマの影響は随所にあります、なかでも感情と認知には大きく作用します。フラッシュバックは記憶の問題ですが、広く認知上の問題とされています。

   フラッシュバックは、ある瞬間に現実に起こったかのように以前のトラ穴ウマ経験を再体験することで、映画のシーンのように視覚化されることがあるようです。フラッシュバックの経験している時間はほんの数秒らしいのですが、その影響は思いのほか長くきます。何かのきっかけで起こるのですが、必ずしもきっかけは必要ではなく、思いがけない時に突然起こることがあります。

 フラッシュバックを経験した人は大変驚きます。過去のトラウマの出来事だということには気づきますが、どうして。と困惑し不安になります。無理もないことです。

  こんなことは誰にも起こることじゃない、自分の歯車のどこかがおかしくなったからだと自分を疑います。普通じゃないと思うので誰かに言ったところで信じてもらえない。現在にいるのに突然過去に滑り落ちたみたい。自分はどこかおかしい・・・。

  フラッシュバックに限らず、自分が経験したことに違和感があり、さらに自分は人とちょっと違うんじゃないかと思う人は多いようです。

 こうした場合、まず本人にフラッシュバックという状態、トラウマとの関連、きっかけ(トリガー)が存在する可能性があることなどをていねいに説明するところから始めます。これを心理教育と呼びます。何も知らない状態で、そのままにしておくのは最も悪く、放置していても消えるものではありません。
草
 フラッシュバックなどが起こったら、現実感があやふやになるので、安全であること、今ここにいるということを強く意識するよう言います。以前ここでお伝えしたグランデイング・テクニックを使います。心の映画を見ているようなものだがら、その映画館から出るように言います。現実を意識するためには、例えば近くの壁にあるものの名前をいう、今日すべきことを言う、など。リラクゼーションや、小刻みに体を動かすなども効果があるそうです。文字通り、地に足をつけるです。
 この項も、SAMHSA'TIC Tip57(2014)を参考にしました。           (ホンダタカシ)


2018/05/17 20:28 | 未分類trackback(0)  | top

質問することを考える

 自分の面接(せラピー)の逐語記録を見ると気がつきました。なんと質問の多いことか。聞くことを基本とすべきという面接とは逆です。一方、面接の相手からは話しているといろいろなことに気がついたとかわかったという感 想があります。

  相手に質問するのは、よくわからないので知りたい時やぼんやりとしていてはっきりさせたい時です。例の5W1Hと言われるように情報を集める時です。

  疑問文にはもう一つの作用があります。お母さんが「どうしてこんなスパナップ1ことをしたの」とつまみ食いをした子どもに言うとき、子どもに原因や理由を尋ねているだけではありません。「お腹が減っていたから」と子どもが答えても、逆に黙っていてもお母さんに叱られます(これがベイトソンのダブルバインドですが)。 ある文脈や状況で発せられた疑問文には間接的で遠回しの非難や叱責が含まれます。質問される側に立つとすぐに気がつきます。

この危険性は常に意識しておくべきことです。
 疑問文はさらにもう一つ、相手にもう一度点検を促す作用があります。質問された側がその答えを探している過程で、時に”そうだったんだ”という気づきが促されることがあります。
  疑問文は単に問うているだけではありません。疑問文には質問する側が、あなたの話をこのように理解したんだけれど、というように相手の話した内容の理解の正確さと深さが示されます。あなたについて、ここをピックアップしました、と言ってもいいかもしれません。
 スナップ2
質問された側は、質問者の理解内容を起点において答えを探します。ここから気づきが始まります。質問者の理解の内容は、質問される側の気持ちや考えの整理でもあって、質問者の共感がそれを支えます。理解の内容がズレていたり、深さが不十分だとそこには至りません。

  実はここが、面接が「あなた」と「私」という二者の関係から、「あなた」と「私」が「あのこと」について話し合う という三者の関係への脱皮する瞬間じゃないかと思います。
 

 ブタペスト西駅附近のショッピンモールのカフエとマクドナルドのゴミ箱(のイラスト)。どちらもカラフル。          (ホンダタカシ)

2018/04/27 10:50 | 未分類trackback(0)  | top

文化とトラウマ

 トラウマの大きな影響を受ける人がいる一方で、大変だったかもしれませんが早くに立ちなおる人がいます。とんでもないことが起きたと思う人もあれば、そう思ったけれど長引かない人がいます。その違いはどこにあるのでしょうか。トロリーバスパーソナリティであったり、人間関係の幅であったり、いろいろな要因が考えられます。レジリエンスもそうです。

  こうした個人の内側にある特徴、特性が大きく作用したことは容易に想像できますが、個人の外側、社会にはないのでしょうか。個人に影響し、規定する「文化」はまた、トラウマに深く関わっているとSAMHSA(2014)は主張します。この指摘に驚きました。

  「文化は、ある出来事がトラウマかどうかではなく、個人がどう解釈したか、どう意味付けしたかに影響する。」(SAMHSA, 2014, p. 27) 


  トラウマ体験の受け止め方、その表現の仕方、援助に関してなども文化の影響があリます。もちろん、トラウマが人的なものかそうではないか、1回だけのことか慢性的なものかな どによっても地下鉄異なります。しかし、例えば自然災害の多い地域とそうでない地域では、受けとめ方は異なるように思われます。

  ここでいう文化とは、言語やコミュニケーション、社会経済的状態、宗教なども含まれる、広範囲なものです。


 SAMHSA(2014)には、文化に固有のストレス反応の例として「Taijin kyofusho」(対人恐怖症)があげられています。対人関係での不安や回避です。他の文化にも同様のものがあるらしいのですが、社会的不安に関連したものもあり、日本のとは少し異なるようです。(p. 103)
トラム


 ここには、SAMHSA(2014)を断片的ですがご紹介することが増えました。読み進むうちにあれこれ刺激されることが多いからです。もうしばらくお付き合いください。今夏の発達障害学会の論文も完成まじかです。

  さて。
 本文とは無関係な写真は、ブタペストの公共交通機関です。日本ではほとんど見かけないトロリーバス、世界で2番目あるいは3番目に開通した地下鉄、ドナウ川沿いを走るトラムです。黄色の地下鉄は、乗客の大きさと比較していただくとわかりますが、大変小さな可愛い電車です。この地下鉄もそうですが、改札口というものはありませんし、現在と比べるとそれほど深い地下ではありません。なにしろ19世紀に開業した地下鉄です。
        (ホンダタカシ)

2018/04/13 08:30 | 未分類trackback(0)  | top

トラウマ・インフオームド・ケアTICはパラダイムシフトをもたらす

 今夏の発達障害学会でも発表する予定で、発表論文を書きながら文献を読み、読みながら考えるという作業を繰り返しています。とはいっても締め切りは4月末です。
 
 前回、トラウマ・インフオームド・ケアTICにおいては、クライエントと呼ばれる人は、トラウマ・ストレスの事態に対してなんとか適応的に対処しようと努力した人とみ街角2なすとお伝えしました。脅威となるような場面でなんとかしようと試みました。ですから、クライエントがみせる問題や症状はその結果であり、トラウマの出来事に対して起こりがちな反応であるとみなすことできます。
 例えば、他者と親密な関係を築くことを避けようとする人は、親密さの持てない問題のある人、対人関係に問題のある人と理解するのではありません。トラウマをもたらした状況では、親密な関係になることが危機をもたらす、例えば裏切られる(虐待される)ので、生き残るために親密さを回避し、サラッとしてよそよそしい人間関係を選択したかもしれません。クライエントの行動は、トラウマをもたらす環境では適応的なスキルであったと捉えなおすことができます。

 Levenson & Willis (2014)はそれを 「これまでのパラダイム」から「トラウマ・インフォームドのパラダイム」への「パラダイム・シフト」と呼んでいます(p.18,  T able1.2)。そのなかで、例えばこれまでのパラダイム」では「よくない行動は、不道徳さ、いびつな性格、動機の欠如によるものだ」としましたが、パラダイムを変えて「よくない行動は早期の体験というレンズを通じて検討する」街かど1と変更されます。先の例でいえば、親密さを欠く人間関係は現在では実りある適応的なものとはいえませんが、トラウマ出来事のもとでは、なんとかしようと苦しんだ結果で適応的なものでした。不適応な健康さを欠くものとみなす必要はありません。
 したがって、これから豊かなゴールに至るためには、本人と協働して対人関係の行動を点検し再構築に向かいます。治すのではなく、身につける、です。こうした観点からも、トラウマ・インフオームド・ケアでは、クライエントと協働する態度やストレングスに着目する視点が見てとれます。  

 前回、文中で「トラウマ出来事」とすべきところを「トラウマ・インフオームド・ケア出来事」と書いてしましました。訂正します。
 写真はいずれもブタペスト市内のスナップです。もう少しくすんでいる印象です。               (ホンダタカシ)

2018/03/30 10:37 | 未分類trackback(0)  | top

クライエントと呼ぶのか

  よく取り上げているSAMHSA(Substance Abuse and Mental Health Services Administration;物質乱用・メンタルヘルスサービス局?)の資料では、サービスを受ける人や対象者をクラ

駅構内イエントと呼んでいます。クライエントは支援者やセラピスト(SAMHSAでは提供者providerとされること多い)からサービスを受ける対象であって、少し受け身の存在という印象がつきまといます。

 トラウマ・インフオームド・ケアTICでは、トラウマに関連した症状や障害は、その人がトラウマ出来事をなんとか切り抜け、突破しようとした「最良最大のレジリエンス」とみなします。
銅像1 「ノーマルとは言えない状況でのノーマルな反応」であって、今の行動や感情、障害はトラウマを生き延びた/サーバイバルな、「適応的」な反応と言えるものです。トラウマ・インフオームド・ケアでは、クライエントの行動をこのように位置付けして、支援の関係を作っていきます。

 この視点からさらに次のように指摘されます。トラウマ経験について一番よくわかっているのは、セラピストやサービス提供者ではなくクライエント自身です。だからその当事者性に着目してクライエントと協働して解決を見出すべきだとされ、クライエントとの「協働する姿勢へのシフト」がセラピストやサービス提供者にとって必要になります。
 物質使用やアルコール問題など行動上の健康問題Behavior Healthに焦点をあてたSAMHSAの資料にある支援の対象者のなかには、自ら進んで解決を求める人ばかりではありません。だからこそクライエントは単なる対象者ではなく、支援者/サービス提供者と協働する者だと見方をシフトすることがクライエントのストレングスの促進につながります。
 
 さらに、SAMHSA資料では、クライエントではなく消費者と呼ぶ箇所がいくつかあります。消費者参加や消費者の意思決定に関連した文脈です。それについてはもう少し勉強してから。

 「・・・」は全て、SAMHSA (2014). TIP 57: Trauma-Informed Care in Behavioral Health Services. A Treatment Improvement Protocol. の「第1章トラウマ・インフォームド・ケア:社会文化的視点」からの引用です。
  写真はブタペスト西駅と市内にある像です。     (ホンダタカシ)
銅像2  


2018/03/16 07:09 | 未分類trackback(0)  | top

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