向島ニュータウンニュース

 *京都新聞で、向島ニュータウンの記事があった。

京都市伏見区の向島ニュータウンにこのほど、コミュニティースペース「京都文教マイタウン向島」が開設された。大学生や地元住民が集い、知恵と労力、資金を出し合って催しや話題を発信するまちづくりの拠点とする。開所式ではそれぞれが思い描く取り組みを発表し合った。

 同スペースは、向島ニュータウンセンター商店街の空き店舗を利用する。所有者の市住宅供給公社が無償提供し、公社や近くの京都文教大(宇治市)、地域住民でつくる団体で運営していく。
 学生からは「豆まきをしたり、みんなで太巻きをつくりたい」、住民からは「学生と一緒に飲み会をやりたい」と交流を育む企画が提案された。このほか、1人暮らしのお年寄りのための昼食会や健康に関する講習会も構想にある。住民は「地域の人たちが力を合わせるきっかけにしていきたい」と期待を寄せる。

 開所に先立ち、昨年12月から、ニュータウンに住む元教員が同スペースで、東日本大震災で避難している受験生のため勉強会を開いている。現在、ニュータウンの人口は1万3千人あまり。
                      ( 京都文教大の小林先生らの取り組みです)
  


 2011年(平成23年)3月11日(東日本大震災)から、もうすぐ2年だ。リスクについ少し考えている。

 先日、「リスク化する日本社会」ウルリッヒ・ベックとの対話(岩波書店)を読んだ。ウルリッヒ・ベックは、ドイツの社会学者である。これを読んでいると、放射能や化学汚染といった環境汚染とならんで「個人化」という主題があったことに気づく。今、リスクに対して「個人的」に対処する制度が広まっている。さらに携帯機能やSNSで、私たちは関係性を「選択せざるえないもの・選択されてしまうもの」に変える。今の日本は、日常的に自分の生活をモニタリングして自助していく社会なのである。

 2011年(平成23年)3月11日に、私は東京の京王線に乗っていて「仙川」に停車した時に事だった。身体が左右に45度傾いた。「そのままで居てください!」というアナウンスがあったが、無言で全員が歩きだした。大勢の人間がそれぞれが無表情で黙々と歩いている。その間にも余震で、電柱が揺らぎ公園にしばし逃げ込む。車いすの老夫婦が、横断歩道を渡れず右往左往している様子が見える。偶然タクシーがきて老夫婦が手を挙げたが、その前に走りこんできた若い女性が先に乗り込んでいった。私はこの日、しばしの帰宅難民になって思ったことは、「選択されてしまう」ときの事態を「日本人の忍耐力」にしてはいけないということ。それから、地域独自のストレングスを考えるべし、という事だ。東京は、東京の京都は京都のセーフティネットの方法があるだろう。それを試行錯誤して創りだす必要がある。上記の向島の取り組みは、機会があれば学生さんと参加したい。


 今年のお正月は、名古屋と京都で過ごした。

名古屋の「ノリタケショップ」で見つけた「シャチホコカップ」
名古屋

 
初めて味わった、京都の「白味噌のお雑煮」

お雑煮

( 真柄 希里穂)

2013/01/30 10:55 | 未分類comment(0)trackback(0)  | top

 | BLOG TOP |  NEXT»»