卒論ファイト!

 種智院大学では、卒業する上での必須単位として学生諸君に卒業論文の作成を課しています。社会福祉学科の場合は、分量的には2万文字(400字詰原稿用紙で50枚程度)ほどの論文です。例年12月1日~20日までが提出期間となっていますが、本年度は20日が日曜日のため、翌日の21日(月)が提出期限になっています。・・・すなわち、あと4日!
 私の卒論ゼミの学生諸君も、今まさに最後の仕上げに悪戦苦闘している真っ只中であります。泣いても笑っても、あと数日を残すのみ。悔いの残らぬようぜひ精一杯頑張ってほしいと念じています。

 ・・・自分のことを思い起こせば、私自身も卒論作成については、とてもホロ苦い思い出があります。私の場合は、今から21年前、ちょうど昭和から平成に切りかわる時に、大学4年生として卒論の執筆に取り組んでおりました。
 私の行っていた大学では、卒論の提出は正月休みを挟んだ新年の講義再開日で、たしか1月8日が期限であったと思います。自分の選んだ考究テーマについて、1年以上にわたって先行研究と格闘しながら分析と考察を深めてきた成果を、本文100枚(註記などは別)の論文という形にまとめ上げる作業は、それまで論文を書いたことのなかった私にとって、とても大きなハードルであり、11月初頭ら年末にかけて下宿の部屋に閉じ籠もって、収集した資料の山と白紙の原稿用紙(・・・当時はまだパソコンによるワープロ原稿作成ではなく手書きの清書の時代であった)を前に、なかなか捗らない作業に苦渋と焦燥で日夜悶々とした日々を過ごしていたことを思い起こします。年末年始も帰省もせず(・・・できず)、いよいよ提出期限が迫り来る中で、目を血走らせながら原稿執筆に格闘し、提出期限ギリギリになんとか製本を終えて、這うようにして事務窓口にすべり込んで提出をいたしました。
 提出した間際は、何とか出せてホッとしたという安堵感もたしかにありましたが、それ以上に自分の理想に比べて全く不十分なものしか書けなかったという悔恨と落胆の念が心を覆っていました。心身の消耗のせいもありましたが、しばらくは二度と自分の書いた卒論を開く気持ちにはなれませんでした
 しかし、なんとか卒業できた後、大学院に進学して半年ほど経って、避けていた自身の卒論をふと手にとって読み返してみる機会があった際に、苦しい思いをしながら一字一句格闘して書き上げた文章を改めて見つめ直してみて、まがいなりにも自分の力で一つのものを創り上げたんだという達成感と、自分なりによく頑張りきったという自信と勇気の気持ちがこみ上げてきたことも思い起こします
 今でもたまに自分の古びた卒論を手に取ってみることがあります。もちろん今となっては内容的に稚拙で全く未熟なものではありますが、私自身にとっては若かりし頃に精魂を傾けて取り組んだ、まさしく「血と汗と涙の結晶」であり、研究者としての自分の原点でもあり、迷い悩んだ時に前進するための勇気をもらえる「お守り」のような存在となっています。

 少々大げさかもしれませんが、卒論とは各人にとっての人生の「お守り」のようなものじゃないかと私は思います。自分の選んだテーマについて真剣に取り組んで労苦を重ねて創り上げた宝物であればこそ、その後の自分に自信と勇気を与えてもらえるお守りになるのだと思います。ですから、ただ単に必須単位の一つであるという意味ではなく、また他人の評価どうこうということも抜きにして、学生各人の大学での学びの集大成であり、また卒業後の各々の活動に向けての原点でもあるという意味において、学生諸君にはぜひ精一杯頑張って卒論の作成に取り組んでほしいと思い居ります。 
 
合同研究室の卒業論文数年前、学科会議の中で、卒業論文は必要か、むしろ卒論を廃止して、それに代えて何か一定の課題を与えて卒業演習という形にしてはどうか、という議論も一時もち上がりました。しかし、私個人としては如上ような理由で卒論という形を残したことを本当によかったと思います。一人でも多くの学生諸君が、卒論という自分自身のかけがえのない「お守り」を手に入れて社会に羽ばたいていかれることを今後も期待したいと思います。

 〔 ↑ 社会福祉学科合同研究室のロッカーに保管された過去数年分の卒業論文〕 

                           合掌(^∧^) 
   佐伯 俊源

関連記事

2009/12/17 14:04 | 未分類comment(0)trackback(0)  | top

コメント

コメントの投稿



管理者にだけ表示を許可する

 | BLOG TOP |