韓国訪問寸記

 2010年も開幕して一週間たったこの時期に、いささか旧聞に属することになりますが、昨年末のクリスマスの時期(12/23~25)に僧侶の研修旅行で韓国に行ってきました。
 日本人にとって韓国は、近年の韓流ブームも経て、21世紀に入って「近くて遠い国」から「近くて近い国」になりつつあるように思います。私にとっては4回目の韓国訪問で、今回の旅で親近感が一段と深まった反面、日本にはない文化や民族的気質などを新たに発見して「ヘ~」と驚くことも少なからずありました。距離的に近くて文化的に似たところもたくさんあるけれど、異文化として様々なサプライズに触れることができるというのが、現代日本人にとっての韓国の醍醐味の一つなんだと感じます。

  通度寺戒壇 

★唐から仏舎利を持ち帰った慈蔵律師が646年創建し、戒壇を設けた釜山郊外の通度寺(トンドサ)

仏国寺 

★新羅の王都慶州に535年に創建された仏国寺(プルグサ)

海印寺  

★高麗版大蔵経の版木8万枚を収蔵する法宝の寺・海印寺(ヘインサ)

 今回は僧侶の研修旅行でしたので、釜山・慶州などにある仏教の古寺名刹(通度寺仏国寺海印寺)の表敬参拝が主眼でしたが、それ以外にもクリスマスイブのソウルの街を体験したり、北朝鮮との国境のイムジン河畔を訪れたりなどの、レアな初体験もしてきました。
 韓国の宗教の第一はキリスト教で、人口の約3割を占めると言われます(ちなみに仏教徒は2割強)。そのことも関係して韓国のクリスマスは日本よりもずっと賑やかで、特に人口の1/3が集中する1千万人都市の首都ソウルの繁華街では、夜どおしのお祭り騒ぎでした(日本の大晦日の賑わいと言ったらよいか・・・)。
 私たちは仏教僧侶の団体でしたが、クリスマスイブの深夜1時すぎに繁華街の明洞(ミョンドン)の中にある大聖堂にいって讃美歌を聴いてきました。これは仏教寺院を訪れた時にも感じることですが、韓国では「信仰」という意味での宗教が日本よりも色濃く息づいているように感じます。「観光」を目的とするのではなく、信仰心に基づいて教会や寺院を訪れて、一心に神仏に祈りを捧げたり瞑想したりする人の姿を必ず目にします。それは本来は至極あたり前の光景でしょうが、日本の寺社では、「観る」人はいても、「祈る」人の姿はどこでも見かける光景ではないように思います。これはあくまで私の印象論ですが・・・・。

明洞大聖堂 

★クリスマスイブ深夜の明洞大聖堂

 その翌日の25日には、ソウルからバスで1時間半ほど北行し、北朝鮮との軍事国境線のイムジン川の河畔(臨津閣)まで行ってきました。朝鮮半島における南北分断問題は、知識としてはある程度のことを知っているつもりでいましたが、島国の海上国境に囲まれて、ふだん物理的な国境というものの意識に乏しい日本人にとって、有刺鉄線で張りめぐらされた厳重な軍事国境を目の当たりにした時に、その生々しい存在にある種のショックを受けると同時に、一つの民族が不幸にも半世紀以上にわたって分断されていることの意味と平和統一の念願について、改めて深く思いをいたさざるを得ませんでした。

国境 

 ★臨津江(イムジン川)鉄橋・・・川の向こうは北朝鮮

軍事国境線の扉 

★自由の橋の国境線に閉ざされた扉

 以上のように、私自身にとって様々なことを感じることのできた年末の韓国旅行でした。また機会あれば、ぜひ「近くて近い」異文化体験に赴きたいと思います。
 最後に一つ豆知識を・・・。よく知られていることですが、韓国では障害者のことを「障碍人」と呼びます(もちろん原語は漢字でなくハングル表記ですが)。マイナスイメージの強い「害」字を用いず、「碍」と表記するのは日本でも一部実施されていますが、対象としてドライな「者」でなく、人格を持つ対等な「人」という表記にしようという趣意でこのように表記されます。日本の社会福祉は欧米に目を向けるが、アジアに目を向けて学ぼうとする姿勢が乏しいと言われます。私も同感で、もっと近隣のアジア諸国をよく知り学んでいくことも必要だな、と改めて感じた旅行でもありました。
                    合掌(^∧^)
佐伯俊源

関連記事

2010/01/07 16:03 | 未分類comment(0)trackback(0)  | top

コメント

コメントの投稿



管理者にだけ表示を許可する

 | BLOG TOP |