自閉症と私⑨

東京都立梅ケ丘、三童県立高茶屋病院あすなろ学園の自閉症児施設と比較して、ある意味でもっとも純粋に自閉症児施設としての運営を始めたのは松心園であった。松心園は大阪府立の単科精神病院中宮病院に付属するかたちで、自閉症児施設として新たに建てられたが、中宮病院からは独立した建物、園長も病院長とは別に配置し、運営は独立してなされていた。そして、園長もその他の職員も全員松心園開設に際して新たに採用されたが、園長をはじめとして誰一人、自閉症児に対する入院治療の経験をもっていなかった。さらに、当初はほとんど自閉症児だけが集められたのである。

その松心園において、矛盾の象徴的あらわれともゆうべき腰痛症が職員に発生した。当時の松心園における自閉症児への治療的関わりとして、身体的接触を基調とした「受容」が推奨されていた。すなわち「おんぶ」や「だっこ」等で、時にはトランポリンを「だっこ」しながら跳ぶということもあった。そして、松心園開設から1年も経たない時期に腰痛多発という事態が発生し、腰痛により治療を要した者は保育士、看護師、臨床心理士など20数名にも達した。

そのため、松心園は職員の身体的負担を軽減するために自閉症児に関しては年少自閉症児のみを入院対象とする、あるいは神経症的児童に対象を広げる、という方針が貫徹されるが、次第に入院、通院ともに利用者が減少してきた。これは一方で自閉症児を受け入れる地域の学校が増加していったこと、また、養護学校義務化にともない、自閉症児が養護学校に吸収されるようになったことによるものと考えられる。

そして、松心園にかぎらず、全国の施設において、治療のあり方、家族との関係、年長児問題、教育との関係などの施設運営の矛盾は表面化していった。当時の自閉症をめぐって、その周辺状況は大きな変化があった時代であった。その点に関しては次のブログでお話しします。

小寺 鐵也

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2010/01/19 15:12 | 未分類comment(1)trackback(0)  | top

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No:25 2010/01/20 21:53 | 丸 #- URL [ 編集 ]

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