忘れがたい夏

伊根

うだるような暑さにバテバテの砂脇です。

今日は、私の「忘れがたい夏」のお話を。。。

大学3回生の夏休み。私は滋賀県の特別養護老人ホームで
2週間の現場実習に参加していました。
いまから17年前の夏。というと、ずっと前の話のようにも思いますが、
このときの経験は、いまでも鮮明に残っているのです。

実習生の私は、生活指導員の職員さんの指導のもとで、
日常的な介助はもちろん、利用者の記録の作成から、
まちづくりイベントの企画会議への参加、心理職の面接技法の演習など
さまざまな経験をさせていただきました。
なかでも、印象深かったのは、ある利用者との関わりです。

山田きえさん(仮名)、認知症の女性でした。
山田さんは、日中、いつもお気に入りのベンチに腰掛けておられました。

慣れない実習に緊張していた私も、
「ここにおいで」と誘ってくださる山田さんの隣に座ると、
なんだかほっとして、自然と話せるようになりました。
認知症を病んでおられたので、言葉少なでしたが、
いつも、穏やかで、あったかい雰囲気でおられました。
山田さんの笑顔に私はずいぶんと励まされたのを憶えています。

実習の中盤頃だったでしょうか。
山田さんが、ぽつり、つぶやかれました。

「死にたい。生きていてもしょうがない・・・」



私はびっくりしました。普段の山田さんからは思いもよらない言葉です。



(どうしよう。なんと応えたらいいんだろう・・・)

なにか言葉を返さなければ!と焦って、私の口から出たのは、



「そんなこと言わないでください。頑張って生きましょうよ」

という一言でした。精一杯の一言でした。



すると、山田さんは、
「あんたには、わからんわ・・・」

と、遠くのほうを見て、ため息混じりに、もらされたのでした。


その後、職員さんに、山田さんとのやりとりについて相談しました。
すると、こんなことを指摘してくださりました。

特別養護老人ホームは、「終の棲家」で、
利用者の多くは、ここで亡くなられます。
死は、特別養護老人ホームにおいて、「日常」なのです。
そのような日常に接して生きる山田さんを、まず理解しなければなりません。
「死にたい」という人に、「頑張れ」では、意味がありません。

この助言を聞いて、私は、山田さんのことを何も理解していないことに
気づかされました。
そして、自分の応えが、まったく外れていたことを思い知りました。

老いるということは、
心身の機能が衰えていく過程であると同時に、
大切な家族(伴侶)や親族、友人を失う人生のステージです。
そして、施設に入所するということは、
長年、住んできた自分の「家」や馴染みの場所・関係を失うということでもあります。
このような「喪失」の経験を、当時、20歳過ぎの私が理解できようもありません。

ただ、私は、山田さんが「死にたい」と言ったことがとても悲しかった。
山田さんの言葉を受け止めつつ、
この、私の気持ちを伝えたらよかったと、今になって思います。


さて、この夏、本学からも学生たちが社会福祉施設・機関の実習に参加します。
きっと忘れがたい夏の経験になることでしょうね。

砂脇 恵

追記:上の写真は、5年前に夫と二人で丹後半島に自転車で回った時の画像です。
本多先生と同じく自転車好きで、ロードバイクにも乗ります。
が、最近は、ママチャリライダー(3人乗り仕様で、3段変速付き!)専門です。







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2010/07/27 01:40 | 未分類comment(1)trackback(0)  | top

コメント

人と人が密に接する場で働きだした私はいつも言葉に迷います。
相手が自分より何倍もの経験をされてるだけに余計…
いつまでたっても死と向き合うのが怖いと思ってしまう私はまだまだ未熟者だと最近また痛感しました。

No:56 2010/07/30 21:18 | #- URL [ 編集 ]

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