明日の記憶

 この間、近くのスーパーに買い物にでかけようと、大阪市内にでかける家人といっしょに家をでた。買い物を終えて自宅に向かっていたところ、確かに持って出たはずの鍵がないことに気づいた。家に入れない。携帯で連絡すると家人は電車に乗る寸前であったので、駅まで行って鍵を借りることができたのでなんとか帰宅することができた。
 夫婦2人でマンションに住んでいると自分の鍵を持たずに外出すると、家人が帰宅するまで家に入れなくなる。財布を忘れても鍵を忘れることはできない。その日は、鍵を持って外出しようとして鍵を手に持ったまではよかったのだが、本を取りに部屋に入った際、手にもっていた鍵を机の上おいてしまい、そのまま忘れてしまったのである。持ったとばかり思いこんでしまったのである。

 話をしていてタレントや歌手の名前が出てこないことも増えた気がする。学生の名前を呼び間違えることもよくある。買い物にでかけて、いろいろ買っているうちに本来買おうと思っていたものを買わずに帰ってきたりすることもある。以前はこんなことはあまりなかったのに、年とともに(?)、こんなことが増えてきた。

 先週、老人福祉論の時間に映画(DVD)『明日の記憶』(あしたのきおく)を学生たちといっしょに観た。仕事一筋の広告会社の部長が主人公である。渡辺謙ふんする佐伯雅行、49歳である。若年性アルツハイマー病を発症する。妻(枝実子:樋口可南子)と車で外出しようとして鍵がないことに気づくが、妻が玄関に置き忘れているのを見つける。誰にでもよくあることである。その後、話をしながら運転していて高速道路の出口を見過ごし降りられず本線をもう1周することになる。これも車を運転する人なら一度ならず経験があるものである。得意先との重要な会議をすっぽかすことがあった。彼は手帳にアポの日時をメモし、忘れてはいなかったのだが、たまたまエレベーターで得意先の課長に会った時にアポの変更を言われたのをまったく覚えていなかったのである。これもうっかりミスである。ここまでは、誰にでもある、いわゆる普通の「物忘れ」である。

 しかし、これまで会議でどなるようなことがなかったのに、感情をむき出しにしてどなって部下を驚かせる。いつも歩き慣れていて迷うことなどない渋谷の駅前で得意先への方向がわからなくなりパニックになる。会社に電話をして携帯で誘導してもらってようやく得意先にたどりつくことができた。このころになると、彼のポケットはメモ用紙でいっぱいである。そうこうするうちに会議中、目の前にいる部下たちの名前が思い出せず、部下の似顔絵に名前を書いたメモをもつようになる。自宅では、同じ物を何回も買ってきたり、レジを通さずコンビニの商品を持って出ようとする。こうなると仕事や日常生活にも支障がでてくることになる。

 これは映画のほんの出だしであるが、若年性アルツハイマー病の始まりはどうなのか、進行していく過程が実にリアルに表現されている。この映画の製作段階では、『認知症とは何か』(岩波新書)など多くの認知症関係の著書がある本学におられた故小澤勲先生も、よくできていると評価されていたものである。学生たちはどれほど現実感覚をもって受けとめてくれたのかどうか。

 何度観ても特に、なんでもない「物忘れ」のところは自分のことのように思えてならない(ちょっと心配です)。普段なにげなく生活しているなかで、なんでもない物忘れが日々起こってくる。そういう中でいつのまにか忍び寄ってくるアルツハイマー病、どのようにして始まり進行していくのか、その実際を知りたい方はこの映画をご覧あれ。

原作 荻原浩『明日の記憶』光文社文庫 2007年

                                            (明石隆行)

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2010/12/06 00:38 | 未分類comment(0)trackback(0)  | top

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