精神科の技術

精神科における「技術」!?
[精神科は、今日もやりたい放題 内海 聡著 三五館 2012,4]を読みました。
この本は、4月に発売されてからすでに4版だそうです。
最近、医療批判の本が売れています。何が起きているのでしょう。

内海先生は、精神科不要論を唱えています。
「まともな精神科医などいないし、いたとしても存在価値はない」
「こういう職があるから人が蟻のように群がり踏みつぶされるのだ」
「腕前がいいが口の悪い医師とすごく優しいが手術がからきしの医師とどちらを選びますか」と著者は読者に問い、結論として「医師は人間性で判断しないことが重要である」と著者は言っています。
確かに精神科診療所が爆発的に増えそれと併行して「うつ病」も増えました。メディアは
「不安のマーケティング」と称しています。精神保健福祉士も近い境遇で同じ批判があります。さて、どう考えていきましょう。
先週の授業でこんな意見が出ました。「福祉の授業で「技術」という言葉は疑問です?」「どうして模擬試験の事例問題文は短いのですか?」「結局、医療福祉の価値とかいっても金の問題で動いているのでしょう?」・・・いい意見ですね。最近は、「国家試験の出る所だけ授業せよ」という学生が増えたと他教育機関から聞きますのでこういう反応は嬉しいものです。
こうして、まず違和感を共有することが大切だと思います。精神科で治療を受ける方は、「治りたくない人」「幻聴が消えるとかえって辛くなる人」がおられます。ですから、関わり方に可視化された明快さだけを求めるとミもフタもなくなるのです。
これが精神科で働く面白さだと思います。キレのいい外科が好き人もいれば、目にみえない精神科が合う人もいます。これからは精神科に限らず治らない病(高齢による)が増えますからケアの場に行く人は「わからなさ」の専門性を考えていかねければならないのではないでしょうか。勿論、客観的にできるところは、変えていかなければと思います。
今、私が心掛けているのは「尊敬できる臨床家に会う」ということです。音楽家は音符が読めても、良い音を知っていなければ演奏は陳腐です。良い音がわからなければ、有名なメソッドをこなしても人前では演奏できないでしょう。「精神科での良い音とは何か?」これを考えています。精神科医の中井久夫先生は、精神科看護師用の教科書に「祈れ」と書かれています。私は、「祈れ」と授業で話すことはできませんが、現場とはそういう所だと思います。先週から実習先から受け入れのお返事が届き始めました。実習のオリエンテーションが開始されます。まずは、顔合わせのお見合いです。現場の方から多いに吸収し、自分の立てた「問い」に挑んで欲しいものです。                                             IMG_0123ss.jpg
(真柄 希里穂)

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2012/05/30 16:20 | 未分類comment(0)trackback(0)  | top

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