出たい人が出れば良い?

先日、長女が通う小学校で運動会がありました。

運動会の花形と言えば、リレーですよね。今年はなんと長女が選手に選ばれました。「すごいですね」「足速いんですね」と言われますが、ことはそうシンプルでもないのです。

僕が子どもの頃は、運動会の何週間か前に横一列に並ばされ、よーいどん!そして、速い人から順番に4~5人が選ばれるという至ってシンプルなものでした。

しかし、今はまず、リレーに出たい人を立候補で募ります。そして、人数が多い時だけ、走って決めるそうです。当然、出たい子どもが多いと思いきや、そうでもないみたいです。足の速い子どもも立候補せず、定員に満たないグループもあって、その場合、立候補すると自動的にリレーの選手になります。

この話を学生にすると「僕たちの時もそうでしたよ。出たい人が出るんやから良いと思う」という反応でした。出たくても一度も出れなかった僕としては、なにかもやもやとしてしまいます。

もやもやの理由を考えてみると「足が速いこと」の権利と義務に行き当たりました。足が速い人がヒーローになれる権利をなぜ、活かさないのか、そして、自分の能力をグループのために役立てる義務を果たさないのはなぜかということです。

勉強や運動、美術や音楽など様々な才能や特技を伸ばすことは教育の大きな目的です。しかし、それと同時に必要とされる場面で能力を発揮する心構えを持たせるのも大事なのではないかと思う次第です。

「出たい人が出れば良い」を全面的に肯定していくと社会はどうなってしまうのか。皆さんはどう思いますか?


近棟 健二

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2012/10/05 15:46 | 未分類comment(0)trackback(0)  | top

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