なぜこんなにも人は違うのか

 8月の発達障害者学会で、性犯罪被害と被害者の理解を深めることを目的としたワークの発表を予定しています。ただ、採否は定かではありませんが。検討のポイントは深い理解、つまり共感的な理解への接近です
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 被害者が被害をうけた時、どのように感じ、何を考えていたかを加害者は理解せねばなりません。そのためには、その時の被害者の表情、態度、行動など、キューとよびますが、キューに気付かねばなりません。見逃すようでは理解はおぼつきません。

 次は、気付いたキューを「正しく」解釈します。同じ経験をしても、それに対する感情や考え方は違うはずです。そのためには視点を他者にまで広げることが出来たか、これが重要です。
 「だまっていたのはOKのサインだ」などといった自分勝手な解釈や社会規範からズレた解釈があれば、修正が必要です。

 こうしたプロセスをスムーズたどる人がいる一方で、困難な人がいます。なぜ、人によって違うのか。

 加害者は共感的理解が困難な人が多いとの意見もある一方、無関係だという知見もあります。
 
  共感的理解へのプロセスに困難である理由に一つに、人生早期での逆境体験があげられます。虐待など不適切な養育環境下で、自分のキューに気付いてもらえないなどの状況が続いた結果ではないR2横堀か。確かに、加害者には逆境体験が多いとデータがあります。

 しかし、逆境を体験しても圧倒されない人がいるのも事実です。「極度の不利な状況に直面しても、正常な平衡状態を維持することができる能力」、リジリエンスresiliencenと呼ばれます(以下の本によります)。これはどこから来たのか、なぜ人によって違うのか。

 ジョージ・A・ボナード(著)高橋祥友(監訳)(2013).「リジリエンスー喪失と悲嘆についての新たな視点」金剛出版。一昨日買ったところです。
 原題は映画のタイトルのよう。The  Other Side of Sadness:What the New Science of Bereavement Tells Us About Life After Loss.「悲しみの向こう側ー悲嘆に関する新しい科学が喪失後の人生について明らかにしたこと」

 この本は、親しい人との死別や喪失をテーマとしたものですが、興味深い内容なのでまたお伝えします。
 Rボール
  閑話休題1。先回ご報告したスペシ ャル・オリンピックス京都のバレーボールチームの練習が、7月27日(土)に予定されています。試験前ですが、ぜひボランテイアに。隊長は2年生です。ただし、私はおりません。ケガなく、お願いします。

 閑話休題2。写真の横堀川そばのワイナリー!は安くて美味しい。  (本多隆司)




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2013/07/05 19:29 | 未分類comment(0)trackback(0)  | top

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