霧が晴れたかのようにわかる時

 先日のサックスレッスンで、先生からの助言があって突然が楽器の鳴らし方がわかりまし建物1た。ノドを開いて、その奥を上げれ、息をどんどん送り込むとサックスは突然、太く輝かしい音色で鳴りました。意図して咽を開いたり、その奥を上げることはできませんが、それをしっかり意識するとからだと楽器は正確に反応し、今までと同じ楽器かと聞き違えるような音がでます。6年余りもかかりました。今までさんざん教えられましたが、できませんでした。洞察の瞬間です。

  「そうだったのか」と突然霧が晴れたかようにわかる時がやってきます。前回とりあげた共感もそのひとつです。
 なぜこう思うんだろ建物2う、どうしてこんな行動をとるんだろう、など思いをめぐらします。それがだんだん強くなって思い込みに変わり、それが霧にように隠してしまうと神田橋先生は指摘されます。
 
 そこから脱するには、
 「共感ができるだけ早く自分のなかに“生じてくる”ように質問を工夫することなの。」神田橋條治((著)林道彦・かしまえりこ(編)(2012)「精神科講義」創元社p.107 
 共感に至るのは質問、なるほどそうだと思いました。共感は「する」ものではありません。

 なにを、いつ、どのように尋ねるか。わかりたいという気持ちがあったとしても図書館、そのどれかがズレると共感は生じません。対象者によってはある程度のズレを許容してくれる人もいますが、1ミリの違いも許してくれないタイプの人もいます。半年や1年かかることだってあるかもしれません。だから面接はむつかしいけど面白い。

 ノドを広げていい音がだせるようになったらいいことがあるよ、サックスの先生に言われました。なになに?「胃カメラが楽になる」って。ゲーッ、胃カメラは大嫌い。(写真は和泉シテイプラザ) (本多隆司)

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2013/11/08 10:59 | 未分類trackback(0)  | top

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