刑務所へ行きました

 先日、大阪刑務所へ行き、障害者や高齢者の受刑者への矯正教育の場面を見学させて頂きました。過去に PFI運営の播磨社会復帰促進センターhttp://www.harima-rpc.go.jp/index.htmlを見学しましたが、なかの雰囲気モトコー3 や職員の様子などはずいぶん異なります。

 矯正教育として実施されている数名によるグループワークは、かなりのセッションを重ねたグループらしいのですが、驚くほど活発でした。ファシリテーターは、その場の意見をまとめて方向づけしたり、また別の参加者の意見を求めたり、縦横無尽にファシリテイト、後押しされ、その間合いと進め方は大変参考になるものでした(私はグループセッションは下手です)。
 
 われわれからすれば授産作業と思えるものは工場と呼ばれ、プラスチック部品加工の軽作業から木工にいたるまでさまざまなものがありますhttp://www.moj.go.jp/KYOUSEI/KEIMUSAGYO/index.html。かなりの高齢者の作業場(工場?)もありました。
 
 見学の後、意見交換の場を設定して頂き、矯正教育のプログラムや出所後のフォローアップなどが話題にのぼりましたが、刑務所のソーシアル・ワーカーは出所後の生活の場や支援の乏しさを訴えられていました。地域定着支援センターhttp://zenteikyo.org/index.php?FrontPageなどの活動は始まっていますが、行き場探しに終わらない具体的なレベルでのプログラムや方向性の見定めなどまだまだ実践段階での連携が課題です。

 最近、佐藤幹夫(著)「知的障害と裁きードキュメント 千葉東金事件ー」岩波書店、が出版されました。知的障害のある岩波本被告の裁判のプロセス、弁護人や関係者等へのインタビューを通じて、さまざな課題を浮かび上がらせます。

 読んだ後に強く残るのは、「『知的障害』(それも軽度の)をもつ人びとの、、内的な世界を理解することの難しさ」(p.19)です。それが知的障害者とのコミュニケーションの困難さの核心ではないかという気がします。表面に表れるのは、その場の状況や相手の様子によって左右されやすいという特性ですが。
 本書末尾にあるように、矯正・保護は更生を目的とし、福祉は権利(当事者意志)の擁護/実現を目的としたものならば、そのベクトルは本来逆向きではないか。再社会化をめざす点では一致していても、刑の執行終了を起点にベクトルがくるっと反対にまわるというものではありません。さらに被害者の観点が抜け落ちてはなりません。

 現場を見学し、本を読んでますますいろいろなことが頭に浮かびます。実践を続けながら、考え抜かねばならない課題です。一日遅配御免。 (本多隆司)



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2013/11/20 20:56 | 未分類trackback(0)  | top

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