熊谷守一美術館

 東京都の豊島区立熊谷守一美術館http://kumagai-morikazu.jp/ へ行きました。豊島区と言ったって関西の人にはピンと来ませんが池袋から地下鉄に乗りひと駅の要町で下車し10分ほど歩いた住宅街にあります。
 美術館1
  熊谷守一は面と線の画家です。クロッキーのようなスケッチをもとに、画家は線で面を描き、面で線を描きます。単純化し抽象化しているので図案のように感じますが、身近な動物や庭の草木が対象なんで脱力を感じさせますが、強靭な観察する眼を意識させます。

 「へたも絵のうち」(平凡社ライブラリー)の赤瀬川原平の「「あとがき」には、地熊谷守一の猫 面に頬杖をつき、蟻の歩き方を幾年も見たこと、蟻は左の二番目の足から歩き出す、との内容が引用されています。画文集「ひとりたのしむ」赤瀬川原平ならずとも唖然とします。美術館の壁、チケットにも蟻です。

 本の表紙の白猫は白色で描かれたもので、線はそのすき間、境目です。境目は線になり、白猫のしなやかでいてごつごつした骨格や妙になまめかしい体温を表現します。 
 本になるくらいですから猫派です。
 「猫にくらべて犬は人間の言うことに気をつかうので、それほど好きではありません。」「熊谷守一の猫」(求龍堂 )

 熊谷守一はさらっとふつうの感じですごいことを言います。
 「一般的に、ことばというのはものを正確に伝えることはできません。絵なら、一本の線でも一つの色でも、描いてしまえばそれで決まってしまいます。青色はだれが見ても青色です。しかしことばの文章となると、「青」と書いても、どんな感じの青か正確にはわからない。いくらくわしく説明してもだめです。私は、ほんとうは文章というものは信用していません。」(「へたも絵のうち」)農商務省の樺太調査団に絵描きとして同行した話のなかに突然出てきます。入場券

 「結局、絵などは自分を出して自分を生かすしかないのだと思います。』別のところでも『やっぱり自分を出すより手はないのです。何故なら自分は生まれかわれない限り自分の中に居るのだから。』(同書)自意識の押す力が絵には必要だ、と読めます。自画像とよんだ絵に、『黒のバックの真ん中に薄い桃色とオレンジ色で丸い太陽を書いたもの』があります。武者小路実篤はそれをおかしいと言ったそうです。同種の同心円を重ねたものもいくつかありました。

 『私はだから、誰が相手にしてくれなくとも、石ころ一つとでも十分暮らせます。石ころをじっとながめているだけで、何日も何月も暮らせます。」明治13年岐阜県に生まれた熊谷守一は、昭和52年享年97歳没。

 
 浅草の「駒形どぜう」トイレで昼食後後地下鉄の駅へ行く途中に、凝った意匠の公衆トイレです。隅田川にかかる厩橋の箸のたもと、反対側はスカイツリーを望みます。熊谷守一とは関係ありません、念のため。春のうららの♬というには暑すぎました。

 移動には都営地下鉄大江戸線をよく利用しました。都庁前駅の事務所で 「日暮里・舎人ライナー」(写真手前。奥は阪神電車ホッチキス)http://www.kotsu.metro.tokyo.jp/fan/douga/nippori.html目覚まし の目覚まし時計を買いました。品物を受けとる時、「この時計、音が小さいとクレームがくるんですが、気にしないで下さい。」と駅員さんから聞きました。控え目な目覚まし時計!?            (ホンダタカシ)

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2015/06/05 11:01 | 未分類trackback(0)  | top

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