まだまだ共感的理解を考える

 次回本では、被害者に対する性暴力の加害者の共感的理解を取りあげる予定で、たびたび原稿を修正桃谷しています。性 暴力の実行者に 共感的理解をどのようにすすめるか、私たちはそれを心理教育とよんでいますが、心理教育するにはどんな段階をたどれがよいか。

 11月20日「共感性をめぐって」でご紹介したマーシャルら(2014)は共感性のプロセスとしてしめしています。心理教育する段階を考えるとすこし足りないように思います。

段階a)自己と他者は異なるという理解

段階b)他者の視点を取得すること

段階c)異なっていることは当然のことと考えること

段階d他者の感情状態に対する認識

 段階b)と段階d)はマーシャルと同じです。段階a)を追加しています。あまりにあたり前のことでわざわざ書く必要もないことかもしれませんが、自分と他人は違うんだ、というあたり前のことが共感的理解の起点で御幸町通はないか、と思います。

 
 ジェットコースターに乗るとスリルに絶叫して爽快と感じる人もいれば、二度とごめんだと思う人もいます(もっともそういう人ははじめから乗りませんが)。誰かと同じ時間に同じところで同じ体験をしたとしても、梅田その人は自分とが同じ考えや感情をもつわけではありません。自分と他人は感じ方や考えは違うんだという段階c)は、自分と他人は違うという段階a)が 前提です。

 自分はジェットコースターが面白かったが、他の人もきっとそうだ、と思うのは自分と他者は異なるという
段階c)ではありません。自分も他者もかわるところはない、自分と同じように他者も考え感じるはずだ、そうであってほしいというのは共感的理解とは違います。自分と他者の区別は発達早期のテーマですが、そうとばかりはいえません。
 段階b)とd)
Leica.jpg はあたらめて論じます。

  閑話休題。21mmレンズを買いました。写せる角度の範囲は人間の眼ほどではないにしても広いので、思いもよらないものまでがフアンダーに飛び込みます。フ向島アンダー内をぐるりと見回して、できれば画面の端にでも人が入らないかと期待していますがしい。めざせ、スナップ・シューター、(暗部も明部もつぶれているけれど)不滅のフイルムカメラ。      (ホンダタカシ)



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2015/12/04 20:24 | 未分類trackback(0)  | top

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