平易に書く

 机  年明けに新たな本の原稿を出版社に送ったらすぐさま返事が来ました。固くて、取っつきにくく、読みづらいとの評でした。

 指摘されれば確かにその通りです。肩ひじ張ってごつごつしており、読み手は消化不良を起こして1ページも読み進まないうちに本を閉じそうです。例えば、第2章の冒頭はこんな具合でした。
 『 性問題行動を示す知的・発達障害児者への支援の目的は、第1章で述べたように対象者が性問題行動をしないで生きることであり、だれにとっても健康的で安全である地域生活となるよう支援し社会への再統合をめざすことである。』

京橋  ここでは、一つの文の中に三つの文を埋め込んでおり、そのうえ三つの文のつながり方が分からないので、その結果独りよがりな文章になっています。これを以下のようにしましたが、まだもう一息というところです。
『性問題行動
のあった知的・発達障害児者が問題行動をせずによく生きることへの支援が目的です。それがだれにとっても健康的で安全である地域生活につながり、対象者の社会への再統合をめざすことになるはずです。』

 僕は思うのですが(突然、村上春樹調)、平易に
駅書くというのは「です・ます調」にするとか、語彙の選択だけではありません。自分の文章について言えば、文と文のつながり方をより明瞭にるということかと思います。 原稿をよく読むと大変不親切な文章で、読み手をほとんど意識していないかのようです。平易に書くのは力量が必要です。

文書1 う には今、生後40日の新生児がいます。昼夜を分かたず、ほぼ3時間おきに泣き、空腹や不快を知らせます。ところが、30日ぐらいをさかいに泣き声は徐々に変化し始めます。大声で泣き叫ぶ、声は大きくはありませんがぐずぐずと長く泣く、高い声で少し泣く、などバリエーショがでてきます。すると周りの大人は、泣き声のトーンや強さに応じて反応を変えます。お乳を飲ませる、おしめの湿り具合を確かめる、抱っこして怒っているのか、さびしかったのか、遊んでほしいのかなど語りかけ揺すったりします。
 単に赤ちゃんの泣き声に反応するのではなく、わたしの赤ちゃんの泣き声に合わせて反応を変えます。「ほぼ良い母親good enough mother」は過ぎないけれども敏感に反応します。
これが多分愛着形成の始まりじゃないかと思います。
 阪神淡路大震災から21年目のあの日と同じ寒い朝です。    (ホンダタカシ)


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2016/01/16 18:13 | 未分類trackback(0)  | top

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