ある日。 セルフビルド

 ある日。セルフビルド
 と、武田百合子の文をまねてはみましたが、うまくいすはずもありません。京阪電車のなかで眠くなるまでずうっと読んでいます。

 ある日、買ったのはこの本です。
 石山修武(文)・中里和人(写真)「セルフビルドの世界:家やまちは自分で作る」ちくま文庫

 この本は写真に圧倒されます。表紙の家はカンボジアのトレンサップ湖に浮かぶ家です。船にあたる部分は買ってきて、上にのる家は自分で作るそうです。仕事は漁師。
 鉄製の巨大なドラム缶を横に転がしたような川合邸。参考として、http://www.acetate-ed.net/bookdata/008/008.html。建てられた川合さんは、建築は立っているから倒れるんで、初めから寝ていたら倒れない、とか、動物や昆虫が自分の住みかを作るように人間も家は自分でつくるべきだ、と本の中でおってしゃっています。なるほど、確かにそうだ。他にも、車の上に立つ2階建てのモバイルハウスとか、一関の超有名ジャズ喫茶「べイシー」http://www.liveatbasie.jp/about/index.htmlまでもが紹介されています。

  セルフ自給自邸ビルドとは自分で自宅を建てる、との意味ですが、そうでないものも多く載っています。生活(術)は自己表現であって、モノを作ることと同じである、という考えからこの本は作られています。建てた人のセルフ、構想した人のセルフ、住んでいる人のセルフに比重が感じられる本です。

  この本を読んでいると、セルフビルドの本を持っていることを思い出しました。この本は美しくレイアウトされた写真を中心に構成されています。
 「自給自邸:セルフビルド魂万歳」INAX BOOKLET
  
 陶芸、彫刻、写真、ギャラリーなどに携わる方々がビルドした自宅が紹介されています。いずれも自然が感じられる環境にほどよくデザインされた外観や内装が目を引きます。家は買う物、消費するモノではなく、自分で作って生活するもの、あるいは生活すること。

 苦労もあったでしょうけれど、こんな面白いことを人の手に渡すのはもったいないとの気持ちが伝わります。確かにそうです。セルフビルドは言うに及ばす、より身近な自作やハンドメイドでできあがったものには市販品を上まわる快適さがあります。作った人の身の丈にあっているからです。

 日記は身の丈そのものです。ここには日付がありませんが。
武田百合子  武田百合子「日日雑記」 武田百合子全作品7 中央公論社

 天神橋の古書店で買ったこの本はほぼ新書版の大きさで、活字と余白のバランスが好ましく美しく見えます。この日記はなにげなく始まり、鉄棒選手のように思いもよらないかたちで着地します。
  例えば、「代々木公園、朝七時。」と始まるある日は、黄色のシャツに白ズボンの男の発声練習をはさみながら、走る人、散歩する人、ベンチの人などがあらわれ、持ってきた残りもののギョーザをカラスにやると、それをくわえて飛んでいくさまが可愛いく感じられて、
 

「両端がそり返ったギョーザの三日月形とカラスの半開きの嘴と青空の組み合わせがよかったのだ。そうでもなければ、カラスときたら、全くいつだって無表情なんだから。」
と終わります。赤瀬川源平のあとがきの題は「ナマコをはじめて食べた人間が書いたような文章」です。なるほど。     (ホンダタカシ)
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2017/04/28 21:16 | 未分類trackback(0)  | top

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