トラウマ・サバイバー

  前回にも触れた米国物質乱用・精神保健サービス局の「治療改善実施要領:行動面の健康におけるトラウマ・インフォームド・ケア:57のヒント」(仮訳) のはじめの方に術語集Terminologyというページがあり、専門用語がいくつか解説されています。
 その最後に、trauma survivor(トラウマ サバイバー)が載っています。その考え方はこうです。


 この語句はトラウマを経験した、またはトラウマのストレスへの反応がある人を指すことがある。言葉や語の使用がリカバリーを方向付けたり、再トラウマ化の進行の一因となることがあるということを理解し、「被害者」という語を避け、その代わりに適切な場合にはsurvivor(サバイバー)という語を使用し、希望のメッセージを提案することが本書の意図である。

 survivorはvictimをならんで使用されることもありますが、本書ではsurvivorのみが使浜野球用されています。victimは「犠牲(者)」ですが、survivorは「生き残った人、生存者」と辞書にあるものの、「トラウマ後に生き残った者」ではニュアンスが異なり、かといって「回復者」では意訳が過ぎるので、一般には原語のまま「サバイバー」と訳されています。.

 ジュディス・L・ハーマンの「心的外傷と回復」を訳された中井久夫先生は、巻末の「訳語ノート」でsurvivorについてこう書かれています。
survivorは元来「その後に生きる者」の意味で、「その後」とは一般に厄災的なことである。十七世紀における英語の初出は、「アダムとイヴ(の楽園追放)の後に生きる者」の意味である。

 「心的外傷と回復」では八割を「被害経験者」か「生存者」にしたとあります。例えば、ホロコーストでは「被害経験者」ではしっくりこない。また「被害者」は被害から被害から時計時間・心理時間のいずれもがあまり経過していない場合で、「被害経験者」は被害から時間が経っている場合に当てられています。さらに「児童虐待経験者」ではあるが、大人になっている場合には「その後を生きる者」と強調されています。

 原著を読み込んで、字義を超えて時間経過までを込めた訳語の選択は思いもよらないことでした。中井先生の指摘にそえば、われわれが対象とする児童期逆境体験ACEの経験者は、成人が児童期を回想したものなので「被害経験者」よりは「その後を生きる者」が近いものかもしれません。そのうえ、原著では「希望のメッセージ」を提案したいとの意図があります。それならば、一般的に使用されているサバイバーよりも、より人間に近い「その後を生きる者」がしっくりくる気がします。訳語が当てにくいとはいえ、サバイバーではあまりに安直かもしれません。ここでは、少し生硬な印象はありますがtrauma survivorを「トラウマ後を生きる者」としました。
Herman, J. L.(1992). Trauma and Recovery . Harper Collins Publisher, Inc. (中井久夫(訳)小西聖子(解説)(1996). 心的外傷と回復 みすず書房)
       (ホンダタカシ)
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2017/05/26 14:15 | 未分類trackback(0)  | top

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